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銀座山荘の楽器、書籍、ビジュアル・オーディオ装置、お酒を用務員の視線でお知らせし、感想を勝手に綴ったページです。

あくまで個人の主観ですので、なにとぞご容赦ください。


 用務員の独り言
【憲法の機軸と日本】
 立憲制度が存在(生存)する条件について、1889年(明治22年)2月11日に公布された大日本帝国憲法(明治憲法)を起草した伊藤博文の思いを通じて考える事にした。

   

 伊藤博文が立憲主義の理論と実際について調査のため、ヨーロッパに渡り、そのなかでドイツ人顧問ロエスレルは、立憲君主国の憲法には皇帝や国王の不可侵規定が必要であると意見1)、ドイツ人法律顧問モッセは、天皇の大権事項を個別に憲法上に明記することには反対であった2)。

 また、イギリス人社会学者のスペンサーからは、「美しい花咲く植物を外国から移植しても土壌や気候の違いから枯れてしまうとの比喩を挙げ、日本国民の立憲政治運営能力に疑念を呈し、自国の歴史や国情を踏まえた「漸進・保守主義」の改革を」憲法で国民に「自由を大盤降舞したこと批判した」といわれている3)。

 このような背景には、1876年トルコが実施した立憲政治が1年足らずで停止されて以来、有色人種の国、非キリスト教国で立憲政治が行われたケースは皆無だったことにより、その当時立憲政治を運営できるのは、白人キリスト教国だけであるとする観念が西欧諸国では常識となっていた4)。


これを裏付けるように、伊藤博文は次のような憲法演説を京都で行っている。

「然れば則ち宜く其始に於て最も戒慎を加はへ、以て克く其終あるを希望せざるべからざるなり。已に各位の暁知せらるる如く、欧洲に於ては当世紀に及んで憲法政治を行わざるものあらずと雖、是れ即ち歴史上の沿革に成立するものにして、其萌芽遠く往昔に発せざるはなし。反之我国に在ては事全く新面目に属す。

故に今憲法を制定せらるるに方ては、先ず我国の機軸を求め我国の機軸は何なりやと云ふ事を確定せざるべからず。機軸なくして政治を人民の妄議に任す時は、政其統紀を失ひ、国家亦随て廃亡す。苟も国家が国家として生存し、人民統治せんとせば、宜く深く慮つて以て統治の効用を失はざにん事を期すべきなり。

抑欧洲に於ては憲法政治の萌芽せる事千余年、独り人民の此制度に習熟せるのみならず、又た宗教なる者ありて之が機軸を為し、深く人心に浸潤して人心之に帰一せり。然るに我国に在ては宗教なる者其力微弱にして、一も国家の機軸たるべきものなし。

佛教は一たび隆盛の勢いを張り上下の人心を繋ぎたるも、今日に至ては已に衰替に傾きたり。神道は祖宗の遺訓に基き之を祖述すとは雖、宗教として人心を帰向せしむるの力に乏し。我国に在て機軸とすべきは独り皇室にあるのみ」5)

 これは、苦悩の結論として『「我が国に在て機軸とするは独り皇室あるのみ」とした。国家宗教を一つに決定するか、あるいは国家として宗教の自由を掲げるか、いずれにせよ、キリスト教を国家の機軸としたヨーロッパ諸国との違いを伊藤はよくわかっていた。「人心帰一の機軸」として依拠すべき宗教のない日本においては、皇室を機軸とするしかない、このような醒めた覚悟が伊藤にはあった。』6)

 アジア・太平洋戦争終戦後、日本の民主主義は、大正デモクラシーを経験していたから議会制民主主義の運営が早く上手く軌道に乗ったとする意見もあるが、2013年末から振り返ると些か疑問を呈しないわけではない。しかし、明治憲法の機軸問題は、日本国憲法にも同じ問題から逃れる事はできなかったのではないか。

 「大正デモクラシー期と64年後の今日の日本政党政治との類似点や相違点を確認することになる。マッカーサは戦後の「国の機軸」をキリスト教に求めようとしたといわれているが、占領終結とともに雲散霧消し、その後も「国の機軸」を何に求めるかの問題は残った。また、日本最初のクリスチャン首相である片山哲中道連立政権にたいする支援にもみられる。

 日本をキリスト教国への試みも行なわれたが検討で終わり、結局、「国の機軸」を憲法9条に求めた国民が多かったと述べている」7)。これには、賛否両論があり問題視する日本人は多いと容易に想像できるが、今日の諸問題に対し方向性を見いだせない根源は、伊藤の問題を現代も何ら解決していないことだといえる。人格を持ち新羅万象とも言える普遍性を礎とした「国の機軸」が必要であるとの一点において、伊藤博文の葛藤を理解する必要はあるといえる。(2015/06/10)

1)鳥海靖 『日本の現代』放送大学教育振興会 2001年 88頁
2)鳥海 前出 89頁
3)鳥海 前出 78-79頁
4)鳥海 前出 79頁
5)憲法草案枢密院会議筆記 第一審会議第一読会における伊藤博文枢密院議長の演説(明治21年6月18日)
6)加藤 陽子 『昭和天皇と戦争の世紀』 講談社 2011年 6頁
7)三谷太一郎 『近代日本の戦争と政治』 岩波書店 1997年 203-204頁



【国際教養大学訪問】
  学長が中嶋先生から鈴木先生に替わった大学を、授業、K氏の話を通して知りたいと思い、友人と二人で10月8日、9日の一泊二日で国際教養大学を訪問してきました。
  少し紅葉が始まった森林に囲まれ、多様な外国人も学ぶキャンパスに国外の雰囲気を感じながら、図書館長の部屋へ。司書の方に図書館を案内していただき、その後K氏の授業を75分参観させていただきました。創業10周年記念や図書館の中嶋コーナーを見るに、昨年、本年入学者や留学生は、全く中嶋先生を知らず、更に数年後は誰も知る学生はいなくなり、次第に伝説の創立学長となるのでしょうか。学長が替わり変化した部分もあるとの事ですが、なお高い大学の目的を遂行できていることは、教職員の公募・任期制、高いコンプライアンスなどを創立時から継続していることだといえます。
  その意味で、企業も設立時如何に思考を重ね準備をし、ロードマップを描けるかが重要であり、失敗、挫折、変化への対応は、発生時の問題ではなく、スタート時の十分な準備が数年後の問題を乗り越えることができるのだと言えます。
秋田の食べ物とお酒はとても美味しく、また、思わぬ方とランチをご一緒できたこと追記したいと思います。(2014/10/13)
          

【分かっているけれども・・・】
 若い学生(プロ)弦楽器演奏家とアマチュアで中高年演奏家&音楽愛好家の懇親会に出席させていただきました。私は、ほとんど音楽愛好家の立場です。若いプロ演奏家が、オーケストラのエキストラで練習に参加していたとき、予定の時間になっても終わらないので「早く終われよといらついたと」。れに対し中高年の演奏家は、「俺なんかは演奏が楽しくていつまでも続いてくれよって思うけどな」。
 これが、プロと愛好家の相違だといわれればその通りかもしれないが、曲に対する思い入れはどうなのだろうか。その曲を幾度となく演奏している職業演奏家と何度となくCDを聴き作曲家や時代背景を研究した愛好家の音楽に対する姿勢をどう整理し理解すれば良いのだろうか。合奏は少なくても楽しいと思えるメンバーでやりたいものである。
 余談であるが、私が友人の若い料理人に、「昔喫茶店の雇われマスターをしていたとき、ばらばらのメニューの注文や同じメニューを分けて注文されたときは嫌になったよ」と言うと、友人は、「私は面倒くさいと思ったことは一度もありません」との返事が。
どうやら私はアマチュアの素人らしい。(2014/08/26)

【後に残せる物、残す物】
 音楽演奏家は、毎回演奏からリーフレットまで多くの物を残すことができます。一方、音楽視聴愛好家は、その時同じ演奏と空間を共有した記憶や、多くのリーフレット、レコード、CD、その他収集物を残せるかもしれませんが、後世に自分とそれらの物の関係までは残すことはできません。
 長年に渡るJazzファンでありJazz@銀座山荘の常連客S氏は、演奏者、会場、曲目、録音、CDデザインなど全てに関わり、自分がCDをプロデュースすることでこれを実現しようとしました。今回で2枚目になりますが、今回は店頭販売していないとのことで、改めて取り上げさせていただきました。一回当たり100万円以上と聞いていますが、広く残せる物の一例だと羨ましく思っています。(2014_0730)
      

【楽器の音色、価格そして嗜好】

 先日土曜日、弦楽奏者に招かれ自宅を訪問しました。
偶然にも、ヴァイオリン奏者の娘さんが新しい楽器を選定するとのことで、私達素人であるゲストも加わり聞き比べをすることになりました。
 聴き比べる楽器は、所有2丁(100〜200万円)と候補3丁(各1000万円程)で、我々は、開放弦が、高音がといろいろと蘊蓄に終始しました。結果は、所有1丁と候補1丁が残りましたが、本人はどうもしっくりしないようです。
 私が、楽器に慣れるまでに時間は必要ですかとの問いかけに、気に入った楽器であれば時間は必要ないとの回答でした。
ストラディバリウスより良い音色を奏でる楽器があることを知っていても、今後、100年、200年この楽器を求める不思議な力は衰えないのでしょう。長年に渡って有名な演奏者が演奏し引き継いできた物語も、更に魅力的にしているのかもしれません。不思議な世界です。(2014/07/01)
         
                                              
右端はヴィオラ

【プリムール2013】
 先週26(木)、ワイン会講師から案内があり、徳岡さん主催のプリムール2013に初めて参加しました。
プリムールとは、ボルドー新種ワインを主にホテル、レストランなどが先買いするシステムで、実際に瓶詰めされたワインが手元に届くのは2015年なります。
 この会は、実際に試飲し購入銘柄を決めることが出来ようになっていますが、多くの輸入業者は試飲なしで販売しているようです。もちろん、世界のワイン評価者が評価し既に値段も決まっていますが、購入する者にとっては、2年先を夢見ることのできるシステムです。
 10年以上前であれば、2年後に届いたワインが値上がりしますが、最近では値下がりすることもあるようです。1990年頃1万円で購入したワインが現在で10万円になっていることは良くあることだそうです。ちなみに、2013年は良くない年だと言われていますが、余り値段は下がっていないとのこと。
 ワインも投資目的化し、本来のワイン評価から少し逸脱しているのかもしれません。
詳細は以下のHPを参照してください。
http://www.bordeaux-primeur.jp/about/
(2014/06/30)
           

【残ったものと遺した物

 先日、友人から、亡くなられたクラシック音楽関係者のレコード、CD、オーディオ、書籍、楽譜などを処分するにあたって少し手伝って欲しいとの連絡がありました。レコードは千数百枚、CD数百枚、オーディオは、MC-275、タンノイなど、現在入手しようとしても高額なものばかりです。奥様は、これらのものが邪魔になるので処分したいとのことですが、旦那様が亡くなられて1年半が過ぎ心の整理もできたのだと思います。本来は、ご子息が受け継ぎ活用するのでしょうが、これだけ多くのものは、幾らクラシック・ファンであっても困難だったのかもしれません。
 戦前は、物が少なく入手も困難でしたが、戦後成長期は所得も増加し輸入品も比較的簡単に購入することができたのでしょう。
それが、成長の実感でありステータスでもあったと思います。しかし、今日では製品の性能が向上し比較的安価な製品でも音質がよくなり、音源については数万曲を持ち歩けるようになりました。数十年先に受け継ぐものは、デジタル化されたデーターばかりになり、受け継ぐのではなく削除になるかもしれません。
 結局、市場で売れる物は残した物ではなく、特定の方が感心を持つ1枚の写真、親父の一言、手紙など、言葉とその行間に埋め込まれた想いや背景を持ち遺したものが本当に受け継ぐものではないかと思った出来事でした。
          

【モーツァルト アンサンブル オーケストラ 第30回定期演奏会】
 もう二週間近くすぎましたが、5月25日、定期演奏会がありました。5月25日、6月22日は、モーツァルト・ファンにとっては、特別な日のように思えます。
 最前列であったこともあり、チェロの演奏は音色の美しさだけではなく、ソリストの曲に対する想いも感じることができ、とても素晴らしいものでした。将来、更に円熟さが加わった演奏が楽しみです。
 モーツァルト 交響曲40番は、1999年、2005年、2010年、そして本年と約5年毎に演奏している曲のようです。その理由は分かりませんが、オーケストラとして何かこだわりが有るのでしょうか。とてもまとまりがあり、素直な演奏で良かったと思います。
前半はハイドンを中心に、後半のモーツァルトへ誘導するために、前半最後にチャイコフスキーで大きな変化を与えたのでしょうか。来年も楽しみにしています。(2014_0607)

                  

【絵画とチェロ、制作者と演奏者】
 S氏が自作のチェロを携行し「あんさんぶる☆アンサンブル#3」に参加された。S氏は、ビオラ・ダ・ガンバやチェロの制作者であり、また絵描きでもある。これまで飾られていた『FANCY』から『BWV1029』(ヴィオラ・ダ・ガンバ・ソナタ)に替わり、新たに銀座山荘の人格の一端を支えてくれることになった。
 楽器制作者の最大の想いは、演奏者が表現し易く素晴らしい音色を奏でることであり、それを確認する手立ても様々存在する。今回は若い演奏者で昨年の全日本学生音楽コンクール・チェロの部で1位になったF君にお願いし実現することになった。自分の弓を取り出し少し調弦した後、弾き慣れた楽器のように無伴奏曲など数曲演奏をした。出会った楽器を言葉で評価することではなく、この20分程の流れが、F君の楽器に対する評価であったといえる。(2014_0401)
           

           

【高橋英郎先生の告別式に出席して】
 モーツァルト愛好家の端くれの私は、若い頃から高橋先生の著作、翻訳書籍に接する機会があった。
偶然にも1995年頃に友人の紹介でモーツァルト劇場の総監督としての高橋先生にお会いし、少し事務をお手伝いする機会に恵まれた。2002年ころからはお会いする機会が少なくなったとの思いもあり、特に昨年のモーツァルト劇場30周年記念コンサートには出席したが、そこに先生の姿はなかった。そこで、闘病生活であることを知り、何度かお見舞いの打診をしたが、その機会には恵まれなかった。2011年頃から危篤状態を何度かむかえながらも気力で30周年記念を開催され、2014年3月18日明朝逝ってしまわれたそうである。悼辞のなかで「高橋英郎先生もヴォルフガングさんにお会いできたでしょうか」との下りはとても印象的な一言であった。誰かに日本語によるオペラ公演を受け継いでもらいたいものである。また一人、偉大な知恵や経験を持つ知識人向こうの世界へ逝ってしまった。(2014_0327)
           
           「1999年7月18日例会」

【クラシック音楽会その3を終えて】
 昨年10月末、ドビュッシー「フルート、ヴィオラとハープのためのソナタ」のリクエストがあり、演奏者からは、この曲を是非演奏したいとの思いも一致、2月15日(土)開催を決定。その他の選曲、練習と3ヶ月を経て当日を迎えることに。

 しかし、当日土曜日の朝、自宅ベランダから一面銀世界が目に飛び込み、コンサート中止になるのではとの思いがよぎりましたが、交通機関の問題で参加出来ない数名を除き、多くの方が集い予定通りコンサートは開催される事に。
その後の懇親会で、リクエストされた方が「聞いていて涙が出そうになった」との一言。
登山靴で階段を下る姿を見送り、開催して(出来て)本当に良かったと思い後片付けが終わり、時計を見ると23時過ぎを指していました。
 何となく多くの方が楽しめる音楽も良いのですが、一人の方の強いリクエストはそれに優ると感じるコンサートでした。
(2014_0216)
          

【「銀座山想会」設立】
 銀座山荘には、紛らわしいですが、秋田高校昭和36年卒の方が中心となった「銀座散想」会があります。新たに1/18(土)、登山・山行仲間の「銀座山想会」が発足しました。主に、ネットでの情報交換に加え、実際に会って登山談議を行う会で、年齢は、30歳代〜80歳と非常に幅広い年齢層で構成されています。銀座山荘での懇親会は、年齢や肩書きを超えて談議しますので、「銀座山想会」も例外ではありません。

「銀座山想会」設立趣旨
 これまで、山へ行くことは登山と称され一般人とは少し距離を置く行為で登山家と呼ばれていましたが、今日では登山道、山小屋や道具の充実・進歩によって、多くの事が標準化され一般の方も気軽に登れる山行となり個人の嗜好が見えづらくなりました。また、山には喧噪社会とは異なった世界が存在していましたが、今日では一般社会と同じようなマナーや人間関係を求める風潮が強くなり、これまで想像すらしなかった問題も発生するようになりました。銀座山想会は、ネット上だけではなく実際に顔を合わせ古き良き時代を見つめ直し、個性を表現するより良き山行の想いと、情報を交歓する会です。

 私も年に数回山行を行う一人です。昔のことは良く知る者では有りませんが、 山行の息苦しさは地上のそれとあまり変わらなくなったように思えます。道を空けない、何処でも飲食する、テント場以外でテン泊している、挨拶をしない、熊鈴が喧しい、団体山行者の態度が横柄だ、避難小屋を宿泊に使用している、等々、行為者側にも問題がありますが、それを得意そうにネット上で指摘をし、自分の正義を主張する方が多くなりました。そのため、一人で静かに山行をしていても、周囲の目を気にしなければならない状況が生まれていることは確かです。交通手段、道具の進歩や情報の豊富さは、これまで特殊な行為や場所だった世界までをも喧騒社会へと変化させてしまうのでしょうか。
銀座山荘、銀座散想、銀座山想会は、都心社会の中で本来の人々の社会を作ろうと思う会です。(2014_0126)
           

【銀座山荘の楽器】

  一昨年の7月に私が銀座山荘を始めた頃は、ハープ(レッスン用)しかありませんでしたが、昨年末には箏2面(レッスン用)、ヴァイオリン3本(個人演奏用)、ヴィオラ・ダモーレ1本(個人演奏用)、ヴィオラ2本(個人演奏用)、ヴィオラ・ダ・ガンバ(個人演奏用)、ウッド・ベース(個人演奏用)、ギター個人演奏用)、電子ピアノ・・・などが。また、楽譜もヴァイオリン、ヴィオラ、ヴィオラ・ダモーレ、ヴィオロンチェロ、デュオ、トリオ、三重奏、四重奏、協奏曲、その他と数百曲、書籍もクラシック、Jazzなど次第に揃ってきました。(2014_0113)
           

【モーツァルトらしさとは】
 
演奏の「・・・らしさ」とは音楽家関係者であれは誰しもが一度は考えたことがある永遠の課題です。特に、モーツァルトらしくないと言われている曲のモーツァルトらしい演奏は、さらに課題が複雑になると思います。今日、直接モーツァルトの演奏を聞いた人は存在せず、また楽譜に詳細に曲想を記載している訳ではありませんが、多くの方が気に入らない(自分の主観と違った)場合、・・・らしくないと言います。また、ある有名なオーストリアのピアニストが、「モーツァルトの気持ちになれないので」として、開演を30分遅らせたこともありました。それは、恣意的な感覚に依存したことであるとしても、結構多くの方が同じように感じるもので、簡単に片付けられるものではないのでしょう。また先日お会いした方は、リングに拘るワグネリアンで、ワーグナーの指揮者としてフルトベングラーやクナは、当時ワーグナー音楽が直接残っていた時代の指揮者であり最高であると。一方、大戦による社会文化の変貌と戦後商業主義を優先したショルティーなどが駄目にしたと力説。
 私は、モーツァルトの時代から今日まで多くの演奏家や評論家が受け継いできた、多様性の試みと偉大な感性が私達が知るモーツァルトらしさを継承しているのではないかと考えています。つまり、異質な演奏の試みは、進化するために見えざる手によって消滅し、楽器のようにある一定の範囲に留まる復元性ある多様性なのではないかと感じています。(2013_1213)
                    

【望郷の想い】
 もう、40年近くも前のことになりますが、根室で少し手伝いをしていたことがあります。当時の私にとって全く見知らぬ土地だったと言うこともあり、帰省してからも再度訪れたいとの思いは強く持つようになりました。その後、友人を連れて行き得意そうに説明している自分を夢で見たり、スキーでニセコへ出かけたときは、あと300kmに近付いたのだと感じたものでした。ようやく2004年、再度訪れる機会があり、使わなくなった母屋、作業していた納屋、港、良く通ったお店などを眺めながら、お世話になった方と30年前に戻り話しが盛り上がったものです。それだけ歳月が過ぎても、人や多くの物は存在し、面影を探す事は案外簡単な事でしたが、一方でそれまで強く求めていた望郷のような想いは、かなり低減したように感じています。
 私の知り合いに、樺太で生まれ8歳で終戦を迎え、1948年に帰国した方がいらっしゃいますが、訪問は考えていないようです。望郷の念は強いと思いますが、当時のままで良いこともあるのでしょう。個人の想いの深さを感じます。(2013_1204)
           

【東西の気質について】

 先日、四国の友人から、オーストリア大使館に四国のある町との姉妹都市を提案したところ、予想もしていなかった大使との面会が叶い、15分ほども話をさせていただけた、との連絡がありました。これまでも、友人が有名演奏家を自宅に招き、個別に懇親会をするなど、田舎ならではの積極的な行為はよくあることでした。この話題を、東北出身の方に話し、都会より田舎の方が反骨精神が強く、明治維新も地方からでしたねと、話すと、薩長土肥は全て西だよね、東北は中四国九州のような風土とは違っているよ、との説が。維新後の今日残っている政治風土は西中心なのでしょうか。山口出身の友人は「八重の桜」は見ない、長州と会津の婚姻のハードルは高いと言っていました。(2013_1119)

【教則本1を終えて】
 それまで管楽器とは中途半端な関係でしかなかったのですが、アラ・シックスティーの手習いと想い、本年正月より、銀座音楽庵でヴァイオリンを習い始めました。人一倍努力をしなければ進まない私にとって、場所と練習時間には恵まれていることもあり、少しずつ進み何とか最初の1冊が終わりました。演奏技術より弦楽器への理解は駆け足で、オーケストラを聴いても弦楽器への興味は深く、カルテットなど室内楽の想いは限りなく広がります。早く合奏に加われるようにと、先ばかり想う遠視が少し進んだのかもしれません。(2013_1104)
           

【懐かしい時を振り返って#1】

 1984年5月だったと思いますが、神戸三宮・風月堂で開催したRalph Sutton、光井章夫、サウスサイド・ジャズバンドのコンサートの写真を見つけ、現在の年齢でその場でいれば大きく違った感覚で演奏を楽しむことが出来たのかな等と、その時の思い出に暫し耽りました。Sutton、光井さん、藤森さん、そして私の友人もとても若く懐かしい姿です。(2013_1101)
         

新しい写真】
 登山経験をはじめ、Jazz、クラシック音楽から社会学とあらゆる分野にとても造詣が深い人生の先輩の方から、写真をお借りしました。ベニー・グッドマンが初めて来日した1957年(昭和32年)ですから、1980年と違って、若さが残っていますので、イメージしているグッドマンに重なりとても良い写真だと思っています。写真をピアノ側の壁に飾らさせていただきました。
もちろん、新聞社などには写真が残っているのでしょうが、この写真は、友人と二人で楽しみに行ったときに、数列目の席から撮ったものだそうです。(2013_1102)
         

人や物の出会い】
 世の中の出会いは全て偶然(必然かも)かもしれませんが、今回特にそれを強く感じる出来事がありました。
Jazzの懇親会である方が、ドビュッシーの「フルート、ヴィオラとハープのためのソナタ」が大変お気に入りの一曲で、一度聞いてみたいとのお話がありました。そこで、知り合いのヴィオラの先生に尋ねたところ、その楽譜は銀座山荘にあり、また、演奏される機会が少ないことからハーピストであれば是非やってみたい曲とのことでした。演奏者3名の候補者名もあがり、来年春頃にはミニコンサートとして実現しそうです。偶然の一言が、本棚の楽譜に光があたり、演奏者にも機会が与えられ、直接演奏を楽しむ機会が生まれました。改めて、人も物は多くの出会いや関係によって生かされていくことを幸せに感じた次第です。(2013_0929)
           


銀座山荘に掛けられているものは、
全て写真か印刷したものしかありませんでした。ある方が、「作品は小さくても、直筆の”絵” はそれなりに存在感が有るものです。小さな”絵” が ”壁の賑わい” にお役に立てるのであれば」と、大変感謝すべきご連絡をいただき、絵画をお借りすることになりました。画題は『FANCY』(気まぐれで自由な空想,幻想、思い付きの意)で、小さな平面には、ダモーレ、ガンバ、ギターを表現した線が抽象風に入り乱れた作品です。銀座山荘には、楽器だけではなくまた新たな仲間が増え、雰囲気が大きく変わりました。(2013_0901)
                     

銀座山荘では、映画「アマデウス」ではありませんが、
会食でお酒を飲みながら演奏する機会が多くあります。モーツァルト時代の懇親会でも、全楽章を通しで演奏するのではなくその場の雰囲気に合った楽章を楽しんだそうです。1783/3/29の日記に記載された演奏項目では、セレナーデを通しで演奏せず、パーティーの最後に終楽章だけ演奏するとか、場の雰囲気にあわせて様々な曲の演奏していますので、弦楽合奏などの小編成の演奏の多くはホールではなく室内でしたから、参加者に合った曲や場の演出(BGM的)に演奏されていたようです。
銀座山荘では、まだまだ演奏出来る曲は限られており器用に物事が運びませんが、楽譜や楽器は、五階で演奏される機会を静かに待っています。演奏する重要な能力として、「飲んでも絶対に楽器を落とさない技術と心構えが必須」です。(2013_0830)
           

 映画「きっと忘れない」(With honors)1994年
で、卒論を作成中の主人公である大学生が、指導教授の指示に反し、自由で相互通信が可能なインターネットのようなものが世界を平和にすると論述します。この映画がリリースされた1994年は、日本ではインターネット黎明期でしたが、新たな時代を予見するような物語でした。しかし、今日の匿名による罵詈雑言である行き過ぎた情報発信は、世界を平和にするのではなくヴァーチャルなインターネットの世界から、リアルな紛争へと悪化させかねない状況です。やはり、コミュニケーションは、握手をし相手の目を見て言葉を交わすことが、古今東西を問わず基本であることを再認識する2013年夏です。(2013_0812)
                              

 8月友人が上京し演奏会+懇親会を開催
することになり、ある楽器の演奏者が必要だとのことであったのですが、幸いにも直ぐに見つかりその旨報告しました。その時最初にその人の人間性はと聞かれたのでもちろん良い方ですと返事をしたのですが、大切な条件は演奏の腕以上に人間性だったわけです。最も大切なことは集まった仲間達がお互いの信頼性を高め楽しい一時を過ごすことを意味するのだと納得しました。ふと、あらえびすがクライスラーの説明冒頭で、「いかなる芸術でも、その最後の値打を決定するためには、創作者、演奏者の人格にまで戻らなければならない。不良少年型のいわゆる天才は、一時ジャーナリズムの波に乗って、天下の人気を背負って立つことがあろうとも、それは全く稲妻のようにはかない一閃光で、永遠に人の心を高め得るものではない。」『名曲決定版(上)』が思い起こされました。(2013_0731)

 銀座山荘1周年を迎えて 昨年7月から私が用務員をするようになり、半信半疑の状態で始めた銀座山荘も、幸運にも銀座散想10回、勉強会6回、ワイン会11回、ジャズ12回を開催することができ何とか1周年を迎えることができました。また、山荘には楽器、楽譜、書籍が多く集まり、これも人と併せて山荘の有形無形の財産となっています。これも、多くのアドヴァイザーの方が積極的に銀座山荘をご利用していただいたからこそだと大変感謝してします。2年目は、銀座山荘主催だけではなく、会員の方が主催するイベントを暖簾裏からお手伝いできるようになればと思っています。社会・経済勉強会、クラシック定期演奏会、銀座音楽庵の充実、ジャズライブ、ジャズレッスン、ビジネス・ケース勉強会など、思いは尽きません。(2013_0724)

           
 6/2(日)銀座山荘のアドバイザーとお会いすることもあり中嶋先生を偲ぶ会に出席してきました。
ゼミ主催とはいえ、800人近くの関係者が集まり非常に感銘深い会でした。何度か中嶋先生とはお話させていただいた事があるのですが、2002年、国際教養大学設立準備会を傍聴させてあげるからとのお誘いをいただきました。丁度帰省していたこともあり出席することができず、大変心残りであったと振り返っています。
中嶋先生のこれまでの多くの功績や業績が、国際教養大学として開花したのでしょう。しかし、人の寿命は個人としては致しがたいものであって、運命か天命かと思うのですが、その理由はいったい何だったろうと考えずにはいられません。もちろん、何人も業績は小さく家族だけによって大切に送られる方が多いく中で、今回の偲ぶ会は中嶋先生が逝ってしまった後にも生きているかの如く我々に公にメッセージを送られたのだと感じています。
早速、アドバイザーから「今日の午後、大学に戻り、つい今しがた新学長の就任挨拶を聞いたところです。非常に張り切っていて、いい滑り出しだと思います。」とのメールをいただきました。
私も何かメッセージを残せるよう自覚する年齢に近づいているように感じています。
改めてご冥福と国際教養大学がこれからも活躍されることをお祈りいたします。(2013_0603)
           
 
 先日、始めて懇親会に参加された数人の方から、HPに会員規約がありませんでしたが銀座山荘の会員になるためにはどうすれば良いのですかとの問い掛けがありました。その問いに対して、「私が認めれば会員です」と返すと、「会員を希望します」、「では認めます」との短いやり取りがありました。主観的な判断ではありますが、私やアドバイザーからなる銀座山荘という広義の人格と具体的に各種イベントに参加していただける方か、さらに新しいイベントを創作していただける方かをお話の中で客観的に判断して決めることにしています。もちろん、勘違いすることもありますが概ねイメージ通りに進んでいると思っています。パートナー会員から一般会員まで特に料金以外の区別はありません。この欄を利用して会員について説明させていただきました。(2013_0319)

 私は、30歳前の韓国人女性二人と社会問題などについて話をすることがあります。二人とも驚くほど自己の意見を持ち論理的に主張し、また相手の意見を聞くその言葉のやり取りは、次第に深くなり何かの目的に向かっているように感じられます。その二人に共通していることは、中学、高校から米国で教育を受けたことです。自国、米国、日本の言語を操りそれぞれの文化を理解し説明する。彼女達は、自分の意見を言わず、たわいもない会話に終始する(できる)日本人が何とも奇妙に見えるようです。反射的に発する意思を持たない言葉や対応ではなく、常日頃から考えた自己主張によって実体ある言動を取りたいものです。考える事を止めれば人間を放棄することなのだと。(2013_0305)

 決してご年配の方がよく来られると言う意味だけではありませんが、最近自分の存在を形に残す話を伺う機会がありました。これまで都合で書籍に載せられなかった内容を加え再出版をする方、演奏以上に編曲を譜面として残そうと努力している方、人生の総括であるがごとく学生時代からの自分史をまとめ親しい友人に理解を試みる方などです。私は、所有物とは、権利の所有を意味するのではなく現に利用出来る物を指す事に気付き、自分の管理能力を超えた物は出来るだけ整理をしようと考えています。年齢に関わらずこのように思ったり感じた時が人生のターニングポイントを回り復路に付いたのではないかと思うこの頃です。(2013_0215)

 銀座山荘の用務員を始め半年が過ぎ、沢山の物事を身近で見聞きできたように思います。
何も意図せずに集まった人生の先輩達が、それぞれ長年に渡り洗練してきた嗜好を語りその世界を伝えることによって、そこに人間のノーブルな場が誕生します。そして、新たな驚きは更なる興味へと進歩します。しかし、若い方の参加は少なく、ジェネレーションを越えた伝達に寂しさを感じざるを得ません。若者よオヤジの知恵狩りに進んで山荘に足を運ぶようにと言いたい。(2013_0120)

 本年春、山荘で友人5人による弦楽合奏がおこなわれました。一人の方が、「ピアノは、電子ピアノかS○○○○w○○○の何れかであれば良い」との発言がありました。もちろん、ご自身の立場によるものでもありますし、その他のピアノ関係者には言い過ぎた発言に映るかも知れませんが、言い得て妙な響きがあります。ふと昨日蓄音機を聴いた後YouTubeを楽しんだときに、同じ台詞を思い起こしました。不便でも多くの事が伝わってくる蓄音機とあらゆる音楽が容易に再生できるYouTubeがあればよい。これはある意味良い選択なのではないだろうか。御意 (2012_1212)

 先日、改めて私は「誰として育ったのか(育てられたのか)」を考える機会がありました。武将の子孫はその家系と名の下に、国籍の異なる両親を持つ子供は自分の国籍を探し求め、家督を継ぐ方は芸や技術の習得伝授を、その他多くの方は緩やかな中で、と様々な状況によって多種多様な視点から捉えることができます。そして、次第に育てられる側から育てる側に変化移行していきます。その結果や成果の如何には関わらず人生が終えるまで向かい合うもので、私自身はどう育ち、子供達をどう育て、また子供達はどう育てるのかと振り返る11月でした。(2012_1123)

 山荘へは、80歳過ぎの方や少し足の悪い方から学生まで、誰しも5階まで階段を上がらなければなりません。初めての方は、やっと到着したとのやや疲れた表情でドアを引き、最初のご挨拶をします。このような労力は、今日の便利な社会では殆ど見られない光景かもしれませんが、先日の勉強会で学んだ「人間を追い越した文明」を思い起こし、これは私達が私達の文明に同期(時代を戻る)をとる時間ではないかと考えています。(2012_1019)

 以前、ある方の講演会で「芸術を消費してください」とうかがいました。音楽を楽しむスタイルはライブから自室で、さらに何処にいてもと、その機会は大きく変化したように思います。そう言う意味でも聴くことが出来ない数万曲をポケットに入れることばかりではなく、演奏者の表情が分かる会場へと足を運びその時の音楽を楽しむ事ではないでしょうか。音楽もお酒のように消費することが演奏家も含め双方が豊かになることではないかと感じるこの頃です。(2012_1016)


 山荘の楽器たち 【2013/8/12】
ヴァイオリン、ヴィオラ、ビオラ・ダモーレなどの楽器が同居状態です。
本年夏は、ハープの弦が良く切れます。古い事が原因かもしれませんが、5本程取り替えました。

【2013/1/1】

新しくヴァイオリンが仲間入りしました。

【2012/12/19】
銀座山荘が利用を管理している楽器は、電子ピアノとハープ2台、その他にも会員のピオラ、箏二面、電子ドラム、ギターなどの沢山の楽器が山荘のいたるところに住みついています。時々、短期で宿泊する楽器もあります。


 銀座山荘文庫 【2013_0812】
楽譜が多く集まりましたので、ヴァイオリン、ヴィオラ、ヴィオラ・ダモーレ、チェロ、二重奏、三重奏、四重奏、その他合奏、協奏曲、ハープ、ギター、声楽、その他に分類整理。

【2012/10/4】
本棚を設置したところ、楽譜、スコアー、本人の書籍、嗜好の書籍と会員の皆様の書籍が少しずつ棚を埋めるようになりました。
楽譜とスコアー(左)、会員専用の棚(中央・右下)


 オーディオ・ビジュアル
再生装置
【2013/04/10】2ヶ月前に友人からクラシックと日本歌・唄などSP計250枚程を譲り受けました。忙しいことや保管する場所の問題もあり殆ど手つかずでした。最近になり、少しずつ内容を確認するようになりましたが、弦楽セレナーデ、未完成(この時代は8番だったようです)、第九3種類、白鳥の湖3種類、田園、ドボルザークセレナーデ、メンデルスゾーンコンチェルト、エリッヒ・クライバー指揮のレコードなど楽しみなものばかりです。全てクリーニングしラベリングするには時間が必要ですが、現役オーディオ再生装置として便利な環境を構築しようと考えています。これでSPは400枚ちかくになりました。

【2013/1/7】
蓄音器がやって来て3ヶ月が過ぎました。SPレコードは次第に増加し、既に100枚を越えました。レコード収納ケースも一杯になり、セットものの置き場所に苦慮しています。
SPレコードは、LPレコードのようにそれぞれのジャケットに入っていませんから、ついレコードが元の袋に戻らない場合もあり、レコードをレーベル、汚れ、ノイズなどで記憶しているようです。

【2012/11/23】
今月、クラシックを中心に30枚近くSPをオークションで購入しました。まとめ買いした安価なものは1枚200円程度で、小さなヒビ、深い傷がありコンディションは良くありません。LPではとても再生できないと思われるものであっても、SPは何事もなかったかのように豊かな音を再現してくれます。また、レコード袋やコンディションは、これまでのSPの変遷もうかがえ、これらは、現代の携帯再生装置には求めようもない機能です。コーヒーを楽しむと豆カスが、蓄音機は針が音と交換されたように残ります。明日も交換の文化経済を営みます。

【2012/11/12】
部屋の大きさは変えられず、書籍、楽器などの収納は頭を悩ませるもので、SPレコードもその例外ではありません。納得しそこに置かれないかぎり落ち着かない部屋の雰囲気は残ります。そこで、何か良い物はないかと探していたところオークションで見つけ入手。かなり古い物なので、蓄音機と一緒に鎮座することができました。

【2012/10/4】
9月27日(木)蓄音器「Victrola V V 1-90 #7805 Victor Talking Machine Co, of Japan LTD.」がやってきました。
これは、インテリアでも骨董品でもなく、銀座山荘の立派な音楽再生装置です。ほとんどのレコードは借り物ですが、少しずつ揃えル予定です。とにかく音色(演奏)は豊かで素晴らしく、dbよりVUを強く感じる音量です。

その他、アンプ付き簡易スピーカ、プロジェクター等
・少しレコードを購入したり、会員が持ち寄り少しずつ増えています。

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クラシック・セット・レコードに入っていた新聞
奉天 毎日新聞 夕刊
昭和八年四月一七日 月曜日
(1933年)
どのような経緯があったのかは分かりませんが、80年前の新聞が保存用に使用されていました。

満州事変1931年ですからその二年後の新聞です。
一面は政治的な記事になりますが、それ以外は強く戦争を臭わせる内容ではありませんでした。

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少し内容から、

・結婚速成術 毎日夜二回開演 平安座
・16日封切り フランケンシュタイン藩陽映書館
・長崎、新潟、への時刻表 大連汽船株式会社

・関東庁許可 ダンスホール ブロードウエー
・連絡は空から、交歓は酒から 名酒富久娘
・小説「薔薇の戯れ」
・横浜正金銀行 奉天支店
・連盟よさらば コロンビアレコード
など・・・・・・